三峰翼介 a.k.a. soul-developer
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34.電光影裏斬春風
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ドキュメンタリー映画、「東京裁判」を見た。
少しでも自国の歴史に興味がある人にはぜひ見てもらいたい作品。
かなり長い上に淡々と流れてくドキュメンタリーなので興味のない人には辛いかも。

極東国際軍事裁判、通称東京裁判の大体の概要は知っていた。
でも本当におおまかな事しか知らなかったんだな…と思い知らされた。
こんなにまで詳細に東京裁判を記録としたこの作品は素晴らしいとしか言いようがない。

戦勝国による戦勝国の為の敗戦国を一方的に裁くというやり方。
こんなものが罷り通ってしまった全世界の歴史自体が問題であろう。
連合国は一体何を思って日本への復讐をこんなにまで執着してしたのだろうか。
結局のところ、平和の名の下に行われた、本質はただの陰険な復讐劇はそれ以後の全世界の教訓になど1つもならず、東京裁判の後、幾つもの戦争を繰り返す、かつての連合国達。よってたかって戦犯だと騒いだそれぞれの国は、日本が潰れてしまった後、共通の敵を失い、見る方向が変わっていき、やがて争う事になる。そんな事を何度も繰り返してる。戦争とは政治である。戦争を肯定しようってんじゃない。ただ、戦争とは政治なんだ。人を殺す事が戦時中においても罪になるとするならば、何も敗戦国の日本のお偉方だけが戦犯とされるのは何ともおかしな話じゃないか。残虐性を問うと言うのならば、東京裁判の弁護側の言葉にもあるが、広島や長崎に原爆を落とした本人、そしてそれを指示した上官も同等の裁きを受けるべき人間なんじゃないのか?

東条英機ら7名を絞首刑とし、他、終身禁固刑、7年と20年の禁固刑。これほどまでの罪を与えるにたる罪を彼らは犯したのか?既に歴史としてしか語り継がれていないこの事実を今更どうこうする事は出来ないが、パール判事のような考えを持った人が当時にもいた事は事実である。今だから、こんな事を言うのではない。当時にもこうやって、東京裁判に首を傾げる人達が日本人でなくともいたはずなんだ。そこを得意の情報操作で周りを固めた戦勝国。この映画を見てて、俺はとても胸がムカムカした。怒りがこみ上げた。それは理不尽極まりない事実に…。作品にではない。今でこそ、東京裁判に疑問を抱き口にする人がいるが、当時はそれすらGHQの管理下にあって、東京裁判について疑問を抱かせるような本の出版さえも禁止されていたんだ。

そもそも論だが、ポツダム宣言自体、この裁判という名の復讐を前提としてたのではないか。
だとしたら、どっちが卑怯者か、考えればわかる事だと思う。
ポツダム宣言の第10項に記載された文言により「平和に対する罪」「殺人と通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」の3つに分類され復讐の的とされた東条英機らはそれでも軍人らしさを最後まで貫いたと俺は解釈してる。東京裁判の矛盾点は多数にある。裁かれる人間の人数の操作に始まり、そもそも裁判の正当性も戦勝国により一方的に決め付けられてしまっている。

被告人とされた中の1人が裁判中に言った言葉。電光影裏 春風を斬る。
無学祖元が首に刀を突きつけられ今にも殺されるという時に「天地は広大で人生は短く、すべてが空。その剣で春風を斬るようにわが首を飛ばせ」と唱えた。その一節。意としては、「悟りを得た人の精神は永遠に不滅である」や「春風を斬るようなもので、斬っても斬れるものでない」と捉えられる事が多い。裁判が公平でないとわかっていながらの軍人としての心意気がわかる言葉である。

 


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